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NHKスペシャル「”駅の子の闘い~語り始めた戦争孤児~」

戦災乞食と呼ばれた戦後の駅の子達。

幼い弟と妹を連れ東京に仕事を探しに来た少女。
仕事は無く、駅に泊まった。
終戦直後の上野は連日のように死者が出た。
終戦からかなり経っているのに、今でも涙が出る。
一日一本のさつまいもを他の人に見えないようにして、兄弟三人で分け合う。
大人は駅の子供のことなど気にしなかった。
三ヶ月後お金が尽きる。
彼女は弟と妹を預け、自分は仕事探しをする。生き別れになる。
東京都養育院。やせ細った子ども達。
たくさんの子供達が死に、土葬した。
政府は孤児を家庭に預けようとしたが、支援は無く、家庭にとっては負担となるだけだった。
ある少年は栄養不足で失明しそうになった。
親戚の家から逃げ、駅の子になった。
親戚の家では、言葉でいじめられた、と言うより、責められた。
お金も食べるものもなく、盗みをするようになった。
そして、栄養不足から、深夜激しい頭痛に襲われるようになり、片方の目がほとんど見えなくなった。
仲良しのかめちゃんが世話をしてくれた。
政府は失業者の増加と大勢の引揚者の対応で忙しく、子供の事は無視せざるを得なかった。
しかし戦中では孤児達は靖国の子として、大切にされた。
靖国の子の一人は広島。母親は一ヶ月苦しんで死んだ。ぐじぐじとした背中にはウジが這っていた。
彼は株式の世界に入る。
やはり昔の事を思い出すと涙が出る。
GHQが対策を求めた。
浮浪児を一週間以内に東京からいなくなるようにし、専門の施設を作れと要求。
しかし、施設には食料は足りず、体罰を行う施設、檻に入れる施設も出、脱走する子どもたち。
世界が豊かになっても、駅の子は貧しく、世間の目は無関心から、憎しみに変わった。
出てけと言われ、食堂で食べようとすると水をかけられ、野良犬と言われ。
学校には孤児だけを集めた教室があり、黒板に犬小屋とか書かれ、教師はそれを消さず、物が無くなると孤児がやったと言う。
あの優しいカメちゃんは列車に飛び込んだ。
社会に逆らって生きてやると思った。
熊谷徳久元死刑囚。生涯、犯罪を続けた。句読点が無い文章。人のものを奪っても食べる。盗んでも食べる。
犯罪者の7,8割は子供の頃、人間らしく育てられてない人ばかりだったという死刑囚。
児童福祉法が出来、子供の人数に応じたお金が配られるようになった。
疥癬、梅毒第三期、子どもたちの病状。
カメちゃんを亡くした小倉さんはあちこちを転々とし、両目が見えなくなったが、京都で保護され、施設に入れられる。
施設の職員に反抗してばかりの小倉さんを施設の指導員の黒羽さんが銭湯に連れて行く。
疥癬にかかった小倉さんの背中をさすってくれた。初めての事で心が動く。その後も黒羽さんは小倉さんを気にかけ、彼はマッサージ師になり、家庭を持った。

ワッと泣きたい時がある
父さん 母さん 遇いたいよ
ゆうべ見た夢 母さんの
だっこしている 僕の夢

施設の歌。

兄弟と東京に出た金子さんは結婚したが、上野駅で暮らした事は夫には言えなかった。

学校でいじめを受けた人は学校を一日を休まず、優しい先生になった。

しかし、昔の事は忘れない。日本人は人間は冷たいところを持っている。

小倉さんは、体験を話し始めた、自分の体験を今の人に活かしてもらうために。

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