« いつだって優先順位の問題 | トップページ | デスノート 1~3 »

父、帰る

「父、帰る」2003年 1h51 ロシア ☆☆☆☆☆
監督:アンドレイ・ズビャギャンツェフ プロデューサー:ドミトリイ・レスネフスキー カメラマン:ウラジーミル・ミシュコフ 撮影:ミハイル・クリチマン 音楽:アンドレイ・デルガチョフ 脚本:アレクサンドル・ノヴォトツキー、ウラジーミル・モイセエンコ

最後まで書いています。注意!

 日曜日。海(だか湖)の突端にある塔。そこから子供達が次々と飛び降りる。
 兄のアンドレイ(ウラジーミル・ガーリン)は飛び降りる事が出来たが、
弟のイワン(イワン・ドブロヌラヴォフ)は飛び降りる事が出来ない。
 弱虫のクズと言われるの嫌さに塔から下りる事も出来ず、兄や友達は勝手に帰って行き、
結局母(ナタリヤ・ヴドヴィナ)が迎えに来る。

 月曜日。サッカーをしている友達に話しかけても無視してクズ呼ばわり。兄もその事に同意する。
 兄に殴りかかるイワン。兄を追いかけるイワン。
 最終的にはどっちが追われてるのかわかんない状態でほぼ同時に家に駆け込み、母親に訴えようとする。
 しかし静かにしてと言われる。パパ(コンスタンチン・ラヴロネンコ)が寝てるわと。驚く二人。
 部屋をそっと開けると父親がこっちに足裏を向けて寝ている。
(有名な足裏をこっちにむけて横たわっている死んだキリストの絵を思わせる構図。
父親の顔の横には羽があるし)
 屋根裏ににある箱を開け、絵入り聖書(?違うか?神の創造の絵も)を開くイワン。そこには家族の写真。
 若い時のパパ。「パパだ。間違いない」と言う兄。家族で食事(最後の晩餐のよう)。
 ワインを子供達にもやるように言う父。薄めて出される。明日の朝から三人で旅行だと父。

 火曜日。ギリシャ十字架のように立っている電信柱。車上、パパと呼ぶよう強制するパパ。街に着く。
 兄に食事する場所を探させる父。3時間経っても帰ってこない兄を探しに行く父。
 兄はレストランを見つけたのに、何か(人)を見ていて戻らなかったのだ。兄を怒る父。
 さっきまでおなかが減ってたのに、食べる気を失くすイワン。スープとパンを出されてもイワンは食べない。
 車に戻ろうとすると父親に食べる事を強制される。「はい、パパ」と言えと行っても「はい」としか答えないイワン。 兄に会計の払い方を教える父。レストランの外で預かった財布を開く兄。不良に絡まれ財布を取られる。
 父親見ていたのに、ゆっくりと来て車で追い、見事捕まえてくる。兄にやられたんだから好きなだけ殴れと父。
 弟にも仕返ししろと言うが、二人ともやらない。腹が減ってやったと言う不良に金をやる父。
 用事が出来た、バスで帰れと父。滝へ行くって約束したろと言う兄に「今度な」と父。「12年後か」と弟。
 だが、結局旅行を続ける。

 水曜日。釣りが続けられなかった事に文句を言い続ける弟。父は川のある所に弟を下ろし、車を走らせる。
 待っている内に土砂降りの雨が降ってくる。父が戻って来る。

 車が泥道にはまる。兄に木の枝を切ってきてもらい、それをタイヤの下に入れさせる。
 うまく出来ない彼にへたくそと言う父。「どこが?なら自分でやれよ」と言う兄の頭を車にぶつける父。
 鼻血が出る兄。車の運転を兄にさせ、父と弟は後ろから車を押す。うまくいき、「よくやった」と兄をほめる父。
 嬉しそうな兄。不満顔の弟。

 木曜日。人一人見当たらない湖の浜辺。ボートで浜辺から見えないところにある島に行く。
 船外エンジンが途中で止まる。子供達にオールを漕がせる。途中、荒れるが、島に無事着く。

 金曜日。父のナイフを盗む弟。島の中に子供達を連れて行く父。
 そこには塔(はしごで登るやつ。灯台みたいだ)が立っていて、景色が良いから登れと父。もちろん登らない弟。 父と兄はたきぎ拾い。弟は皿洗いを命じられる。父親の皿を湖に放り投げる弟。
 父親一人廃屋の中の地面を掘り、そこに埋まってた箱を開け、小さな箱を取り出す。
 その箱をボートの箱にしまう。釣りに行きたい子供達に1時間、時間をやる父。
 兄に時計を持たせ、3時半に島を出ると言う。
 しかし釣れず、時間になったが、弟が強硬に主張してもう少し遠くに行き魚を釣る。帰ったらもう7時だった。
 兄を責め、頬を張る父。弟が自分が言い張ったんだと父を止めようとするが、父は兄を責め続ける。
 「殺したきゃ殺せよ。畜生!大嫌いだ」と兄は言い、「殺せ?殺せだと?」と父が手斧を握ると、
弟が「やめろ!兄貴に触ったら殺すぞ」と叫ぶ。
 父は振り向き、手斧を手から落とし、ナイフを両手で持った弟と向き合う。
 「来るな。こっち来るな。近づくな。違ってれば好きになれたのに。これじゃ無理だ。大っ嫌いだ。僕らに近づくな。お前なんか他人だ!」と泣き叫ぶ。
 「誤解してる」と言う父に、泣きながらナイフを投げ捨て走り去るイワン。追いかける父。二人を追う兄。
 塔に登るイワン。父も登るが、イワンは上まで登って蓋を閉め、父が上がって来れないようにする。
 「あっち行け。大嫌いだ」「開けてくれ」「うるさい。消えろ」「頼むから」「行かなきゃ飛び降りるからな」
 「よせ。待つんだ」「飛び降りてやる」
 イワン、灯台のライトの部分に乗っかり「僕にだって、やれるさ。やれる。やれるぞ!何だってやれる。そうさ。
やれるんだからな!」
 父、外側から上がろうとして、落ちて死ぬ。二人、父を手で引っ張って行こうとするが出来ない。
 斧で枝を切って、それを父の下に敷き、浜辺まで引っ張って行く。

 土曜日。死体をボートに乗せ、父親が直しておいたエンジンで進む。
 岸に着き、疲れたので死体をボートに乗せたまま、車の所で一休みする。
 気が付くとボートが波にさらわれ、水が床から染み出して来て、死体が沈んで行く。車に乗って去る二人。

感想:そんなに会っていなけりゃ子供にこびそうなものだが一切こびない父。
 ちょっと強圧的で暴力的でもあり、不器用でもあるが、色々子供達に教えようとしているようでもある。
 いきなりやって来た事もあり、何の記憶も無く、父といってもピンと来ない弟は父に馴れる事が出来ず、
一度へそを曲げると簡単には直せず、そのまま最後まで行ってしまう。
 パパと一生懸命叫んだのは、父の死体が沈んで行ってしまう時だ。
 どこかヘラヘラとした兄は、二人きりになって、自分達でどうにかしなければならなくなってから、
寡黙にするべき事を的確に行う。
 箱の中身は最後までわからない。全篇に神話とか寓話のような雰囲気。聖書とか…。
 父親は客人(まれびと)?この手の象徴の意味を理解できる知識が私には無い。美しい色調を抑えた風景。
 説明しすぎない。緊張感が溢れている。

 2003年6月25日、ヴェネチア国際映画祭2か月前、本作の完成試写の直前に、
友人とロケ地のサンクトペテルブルク郊外のラドガ湖に遊びに行き、V.ガーリン溺死。
 2001年10月15日の彼のサンクトペテルブルクでのオーディションの時の映像が特典にある。
 1987年1月26日生まれ。
 音楽学校でピアノとトランペットを学び、
サンクトペテルブルクの州立ミュージカル劇場「ザゼルカリエ」劇場で働く。
 好きな歌手はヴィソツキー。オーディションには落ち続け。母と姉と暮らしていた。
 父の事はほとんど覚えていない。
 父親は美術学校を卒業し、軍隊でエンジニアの学校に行き、核兵器開発のための工場に送られ、
そこの仕事が嫌で止めた。
 今は好きな事をして暮らしているそうだ。1メートル70くらい。

公式サイトに載っているアンドレイ・ブラコフ/ロシア、コメルサント紙の記事、抜粋
 父親が戻ってきた日、息子たちは旧約聖書にある「アブラハムのイサクの犠牲」の絵を見る。
 映画内の出来事は、“聖書でいう”創造の7日間、つまり日曜から土曜の間に起きる(※1)。
 息子たちが父親と初対面したとき、父は死んでいるみたいに眠りこけている(※2)。
 謎めいた島に小船で息子たちを連れて行く父は、ギリシャ神話に登場する三途の川の渡し守、
カローン(※3)のようだ。
 どこか粗野で寡黙な態度は、来世から訪れた人ではないかと思わせる。
 あきらかに、感じがいいと男とはいえない。息子を鍛え、ふたりを整列させる。
 男性的世界、言うなら性質的にロシア社会を思わせる。
(※1)ロシア正教会では、1週間は日曜日から始まり、土曜日が安息日である。
(※2)ベッドで眠る父の姿は「死せるキリスト」の構図と類似する。
(※3)冥界と人間界の間にある三途の川を守る。妻エウリディーケを冥界から連れ戻そうとしたオルフェウスがカローンに竪琴を聴かせ、その音に聴きほれている間に冥界に渡ることが出来たという琴座の物語が知られている。
父、帰る
関連サイト
mm(ミリメートル)ソ連時代は旅をするのに許可がいり、ロード・ムービーを作るのは困難だったそうです。
KOGURE journal他の国は全て現代どおり帰郷としたのに、日本だけ「父」と入れて、これは監督の本意ではないそうです。まあ、確かに父だけじゃないですものね。
とおる美術館マンテーニャの「死せるキリスト」の絵が見れます。
マンディの映画もろもろ日記事件は「自己犠牲」と監督は言っているそう。
情報環境フォーラム塔は父を象徴、12年前はソ連の社会主義が崩壊、父のイメージは旧ソ連の強権的、秘密主義的なイメージと重なるそう。
Official Siteロシアの記者の素晴らしい評とスタッフ、キャストの情報が見れます。
ピピのシネマ日記他の方も書いてらっしゃいますが、今までイワンと呼びかけていた父が最後に「ワーニャ」と言うことが書いてあります。私は気づかなかったので…。

|

« いつだって優先順位の問題 | トップページ | デスノート 1~3 »

映画「た~と」(12)」カテゴリの記事

コメント

美しい屋根裏を呼ばわりしなかった?


投稿: BlogPetの「papi」 | 2005.07.19 11:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/45625/5028296

この記事へのトラックバック一覧です: 父、帰る:

« いつだって優先順位の問題 | トップページ | デスノート 1~3 »